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火垂るの墓の都市伝説が怖い!節子と清太の死因と遺影やポスターの謎

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火垂るの墓都市伝説アニメの都市伝説
火垂るの墓都市伝説
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火垂るの墓のタイトルに込められた都市伝説!火垂るの意味とは?

火垂るの墓は大東亜戦争末期の日本を襲った食糧不足と空襲の記録映画です。

神戸の大空襲を体験した野坂昭如氏の小説を原作にした本当の戦争記録でもあります。

火垂るの墓のタイトルがなぜ「蛍」ではなく「火垂る」なのか?

本編の物語の中で蛍は度々登場します。

蚊帳の中に蛍を放ち「キレイやね」と節子は笑います。

だけど翌日の朝になれば蛍は全て死んでしまいます。

そして節子自身も荼毘に付されドロップの空き缶の中の骨となった後は、蓋が開くと蛍のように飛びたちます。

火垂るの墓にとって蛍の光はキレイなものではなく、生と死の間の陽炎なような存在です。

蛍を光らせることで儚く散っていく死を演出しているのです。

だからタイトルに火垂るの墓となったのでしょう。

蛍は死の象徴。

だけど野坂昭如さんは敢えて蛍ではなく、火垂るとしました。

火垂るの墓の舞台となった神戸の大空襲。

東京の大空襲でB29が落とした焼夷弾はおよそ2000トン。

神戸大空襲で落とされた焼夷弾はおよそ3000トンです。

東京より神戸のほうが1.5倍も多い焼夷弾が落とされました。

そして原作者の野坂昭如さんはこう語ります。

確かに空から降ってきている段階で、焼夷弾は燃えていたのだった。それは自分だけが言っているのではなく、ほかの何人の人たちも同じような証言している。

焼夷弾の構造は着弾しその衝撃で発火する仕組みになっているそうです。

しかし現実には多くの人が空から燃える爆弾が降ってくるのを目撃しています。

まさに火が垂れるように爆弾が降ってきたのです。

火垂るとはB29爆撃機が日本国民の頭上から落とした爆弾のことだったのです。

幼い兄妹だけではどうする事もできなかった時代の流れ。

儚く散ってしまった兄妹の命。

それを蛍の光とは空から火を垂らすように降ってきた爆弾にかけているのです。

火垂るの墓都市伝説!ポスターに書き込まれたB29爆撃機の恐怖

火垂るの墓の公開当時のポスター。

蛍の光に包まれた清太と節子の兄妹が寄り添い微笑み合うほぅこりする絵です。

ところが火垂るの墓のポスターには非常に恐ろしい真実が隠されていると都市伝説で語られています。

火垂るの墓では、ドロップの空き缶からホタルが現れたり、夜空に点滅する光を見て「特攻機や」と清太がつぶやくなど、儚く散ってしまう無情の物を蛍をの光で表現しています。

これから特攻機は敵機に命をかけて突撃することを清太は知っています。

その散りゆく前の特攻機の僅かな光を清太は「蛍みたいや」というのです。

そう火垂るの墓では光り輝くものは死を象徴しているのです。

ポスターで清太と節子の周りを飛んでいる蛍。

無数の光は全てが儚く散っていった人の霊魂、つまり戦争がなければ死なずに済んだ、清太と節子の父親の命の光であり、母親の命の光なのです。

もちろん清太と節子の光もあるのでしょう。

そして都市伝説では最も怖い光の意味を発見しました。

それがポスターの黒い闇に隠れた飛行機の影です。

ポスターは蛍の光とは反対に真っ暗な闇が背景になっています。

その闇の中に飛行機の陰影が見え隠れしています。

その飛行機の陰影はゼロ戦ではなく、アメリカ軍の大型爆撃機B29です。

ポスターの中の蛍の光をつぶさに観察すると、光の形がそれぞれ違うことがわかります。

まん丸の光や、縦長の光もあります。

この縦長の光こそB29が落とした焼夷弾が燃える光だと言うのです。

清太と節子が笑う背景で無数の焼夷弾が炸裂している。

焼夷弾が光を垂らすように落ちていく姿が火を落ちていくように見えたといいます。

だから火垂るの墓は「蛍」ではなく「火垂る」なのです。

火垂るとは焼夷弾のことだったのです。

もう一度火垂るの墓のポスターを見てみましょう。

火垂るの光はいくつあるでしょうか?

ホタルの箱都市伝説!二度と地上波では放送されないある秘密

火垂るの墓は例年8月になるとテレビで放送される恒例アニメでした。

なぜ8月なのかは大東亜戦争が終わった終戦の日があるから。

終戦の日は8月15日。1945年のこの日に天皇陛下が玉音放送でしゅうせんを宣言なされました。

戦争をテーマにした「火垂るの墓」戦争の悲惨さを伝えるアニメとしてテレビ番組でも多く取り上げられてきました。

火垂るの墓の都市伝説!実は儲け頭だった!?

テレビ局は言うまでもなく営利企業で儲けなくてはいけません。

テレビ局はどうやって設けるかといえばCMのコマーシャルです。

いわゆるスポンサーと言うやつ。

スポンサーの値段は「視聴率」によって大きく変わるのが世の中の常識ですよね。

たくさんの人が見てくれる番組はスポンサー料金が高い。

テレビ局側の論理だと設けられるお宝番組です。

では火垂るの墓の視聴率を見てみましょう。

1 1989年8月11日 20.9%

2 1990年8月17日 10.7%

3 1993年8月13日 14.5%

4 1997年8月8日 19.1%

5 1999年8月6日 18.8%

6 2001年8月10日 21.5%

7 2003年8月22日 15.1%

8 2005年8月5日 13.2%

初めて火垂るの墓が地上波で流れたのは1989年。

視聴率は驚異の20%超えです。

2005年までのデータでは最低でも10.7%。

平均で15%を有に超えています。

地上波で火垂るの墓が連続して放送されてきた経緯が「視聴率の高さ」という金銭的な一面があったのは確かなようです。

では儲かっていた火垂るの墓が放送されなくなった理由は?

視聴率の激減!!

9 2007年9月21日 7.7%

10 2009年8月14日 9.4%

11 2013年11月22日 9.5%

12 2015年8月14日 9.4%

2007年以降は10%に届かない年が続きます。

はっきり言って火垂るの墓が儲からなくなったのです。

火垂るの墓を監督したのは天才プロデューサー高畑勲が急逝した2018年。

高畑勲を追悼する目的で放送した火垂るの墓は歴代最下位の6.7%という視聴率に終わりました。

火垂るの墓が地上波で流れない都市伝説!佐久間ドロップのお家騒動

火垂るの墓が地上波で放送されなくなったのは「サクマ式ドロップのお家騒動」が原因だという都市伝説もあります。

サクマ式ドロップは妹の節子が大好きな飴ちゃん。

節子がドリップを口にしたときのなんとも幸せそうな表情はとっても印象的でしたよね。

あのシーンを見てサクマ式ドロップが食べたくっなった人も多いはず。

火垂るの墓ではサクマ式ドロップが要所要所で登場し物語の重要なアイテムになっています。

例えばドロップが無くなった空き缶に水を入れて甘くして飲む節子。

ドロップを食べたくて我慢しながら、ドロップの代わりにおはじきを口に含む節子。

中身がなくなった空き缶をいつまでも離さなかった節子。

そのサクマ式ドロップの空き缶に節子の遺骨を収めた清太。

あ〜泣けてくる(泣)

ところでサクマ式ドロップにお家騒動があることをご存知ですか?

戦時中は材料不足で生産が中断しながらも佐久間製菓は何とか終戦後会社を再開しました。

ところが終戦後にできた会社は2つあります。

佐久間製菓とサクマ製菓です!

この2つのさくま製菓が「サクマ式ドロップ」の商標権を巡って血なまぐさい法廷闘争を繰り広げたのです。

その争いに火垂るの墓も否応なく巻き込まれてしまいます。

都市伝説では火垂るの墓のドロップをサクマ式ドロップから他に名前に変更する案とか、いっそのことモザイクかけちゃえば?何てとんでもない意見もあったのだとか(笑)

事実は都市伝説より奇なり

現在では佐久間製菓とサクマ製菓は仲直りして「サクマ式ドロップ」の商標権は2社で共有しているそうです。

火垂るの墓は戦争をテーマにし2人の兄妹が翻弄されるシリアスな展開なのに、テレビ放送になると「金」絡みの都市伝説ばかりになってしまうのは何ともアハハな感じです。

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